反対語

小学生の頃に買ってもらった三省堂の「反対語辞典」。

もうボロボロになってしまって、調べるにも一苦労。

 

掲載されていない語彙もあり、そんなときはフラストレーション。

お手上げ状態になれば、もうイマジネーション。

 

でも、今はいい時代だなぁ。

ネット上で「辞書・辞典」と名の付くものはてんこ盛り。

 

反対語辞典もその一部。

もちろん掲載事項の真偽には注意を払わなければならないけれど。

 

若者たちよ、良い時代に生まれたね。

本当にうらやましい。

 

最近調べたものは「厳密」の反対語。

「厳格」なら「寛大」になるんだろうけど。

 

三省堂の辞書には掲載されていない。

グゥ。

 

ネットの「反対語大辞典」によれば「疎漏/粗漏」。

へぇ、疎にして漏らしてしまうのね、目が粗いから。

 

ところで、21年度の中学理科の教科書では、「メンデルの遺伝の法則」でお馴染みの「優性・劣性」が「顕性・潜性」になるとか。

 

遺伝の特徴にすぎない事象に「優劣をつける」印象があるからとのことだけれど。

確かになぁ。

 

「肌色」という言葉を見直す動きも出ているというし。

確かになぁ。

 

誰の肌の色を以て、その色を特徴づけているのと聞かれれば…。

ところで、当の「肌色」は何色になるんだろう?

 

 

小室さん

以下のことは、自戒の念を込めて。

 

活字だけ、というのは厄介。

表情をうかがうことも、声のトーンをつかむこともできない。

 

正当性の訴求、というのも厄介。

頭ではわかっても、心がついていかないケースもちらほら。

 

彼が目指すべきは、まずは、母親の元婚約者との和解。

そして、それに基づいた自身の婚約者の両親への説明。

 

マスコミとか一般大衆とかは一番最後だと思うけれど。

欧米式合理主義で、三者を一気にクリアできると思ったのかな。

 

今回の報告書は、米国で磨いた自身の技量に対する試験なのかとも穿った

弁護士としての自立を表明するものだったのか。

 

小室さん、落ち着いて。

そして、外堀を埋めるようなアプローチは再考して。

 

まず自分が向き合うべき相手は誰なのか。

次に向き合うべき相手は誰なのか。

 

あなたが結婚したいのは、あのやんごとなきお方のご令嬢。

一般大衆ではないはず。

 

元婚約者とご令嬢の父君の祝福を何よりも受けて欲しい。

内輪の結束が、最初のそして強力なファクタになると思う。

ラジオでリクエスト

今日、NHKR1の朝の番組「らじるラボ」で、リクエストが通った。

春に聴きたい音楽特集とかなんとか。

 

「ギターとシンセがかぶる当たりで春を感じ、

歌が流れるあたりで、冬も終わりかなと胸をなでおろす」

 

リクエストしたのはジョージ・ハリスンの「ヒア・カムズ・ザ・サン」。

春かぁ。

 

些細なことだけど、なんとなく嬉しい。

まぁ、曲をかけてもらえたのは、春先の小さなプレゼントだったということで…。

 

 

「させていただく」シンドローム

ウェブニュースを読んでいたら「させていただくはなぜ多用されるのか」との記事が。

ある書籍が紹介されていた。

 

書籍の著者は「敬意のインフレを超え、敬意のナルシシズムが垣間見える」と。

「させていただく」の多用は気を付けないと突っ込みどころとなる。

 

例えば、「結婚させてください」は相手親の許可を求めての発言。

「離婚の届を提出させていただきました」は、誰の許可が必要だったの?

 

「離婚の届を提出(いた)しました」で十分だと思うけれど。

自発性を発動すると角が立ちそうなときには「させていただく」は便利な言葉。

 

周囲の人々が「誰のおかげで~できると思っているんだ」と言う人ばかりなら、「させていただく」を多用せざるを得ないだろうが。

 

ナルシシズムに関してはどうだろう?

周囲に気を配る自分を演出し、そんな自分に酔ってしまうのかな?

 

「させていただく」を多用しなければならない現代。

日本人の individualism はどこにある。

 

 

 

たけのこ

京都の叔父から、たけのこが届いた。

叔父が管理している土地に生えるのだという。

 

中サイズが一本、小サイズが4本。

さっそくあく抜きをして。

 

フレッシュなたけのこだから、あく抜きは短時間で。

10分も茹でずに火を止めて、そのまま放置。

 

夢は膨らむ…。

まずはたけのこご飯でしょ。

 

そんで、たこを加えた たこたけご飯。

青椒肉絲

 

酢豚にちらし寿司。

わかめとたけのこ、にら、卵のトロ~リスープ。

 

たけのこと豚バラの回鍋肉風。

他に何があるかなぁ。

 

腕が鳴る、腹も鳴る。

コリコリ、カリコリ、たけのこっていいよね。

 

歳を取る

If my memory serves me right「40歳、人は別の人生を歩みたいと考える」とユング

その言葉が頭にあったからか、40歳、残業のない仕事にスパッと転職。

 

旅をして。

ウィーンとナポリを訪問できていないことは残念だけれど。

 

料理を習って。

タブリエとコックコートをボロボロにするほど学ばなかったのは心残り。

 

どちらも途中で終わっちゃったな。

もちろん、金銭的な問題もあったからなんだけれど。

 

気力や体力もね。

老いた親の生活面でのサポートもあるし。

 

まぁ、遠くに出かけなければできなことはそこそこやったし。

今は、ここに腰を据えて、できることをする。

 

掃除・洗濯・料理。

どの作業も、決して僕を退屈させたりはしない。

 

庭の草木のお世話や猫のお世話。

毎日ノンストップで過ぎていく。

 

年を取って行動範囲は狭まっている。

直接見聞きするものも減っている。

 

その一方で、私の心の宇宙は無限に広がり続けている。

少しずつ、確かに。

 

自力でやるしかないということは、ケガや病気はno-noだということ。

仮にそんなことが起きようものなら、身の回りにあるすべてのものが止まってしまう。

 

用心して生きていかなければなぁ。

でも、タバコだけはやめられないんだよなぁ。

 

 

はがきの整理

部屋の片づけをしようと袋棚を覗くと、古い段ボールが。

取り出して中を開けてみると、はがきやらなんやら。

 

ああ、僕が小中学生だったころにやり取りした、はがきやらなんやらだ。

うう、ちょっとカビの臭い。

 

ぺらぺらとめくると、おお、キャンディー・キャンディーの絵葉書。

これ、キャンディーの単行本の発売日を訊こうと思って書いたはがきへの返信。

 

女性の字だ。

「なかよし編集部」のお姉さんが書いてくれたんだね。

 

次は封筒。

市内で松竹系の映画を上映していた映画館からのもの。

 

そうそう、「幸せの黄色いハンカチ」を観たときに感想を書いて送ったんだ。

確か倍賞千恵子が素敵だったと書いたと思うけど。

 

倍賞千恵子のブロマイド、数枚付けてお返事をくれた。

いい時代だったな。

 

で、段ボールの隅にはウナンボバッジ。

はは、これは少年サンデーだかなんだかに応募して貰ったんだ。

 

ひょっとしてコカ・コーラのヨーヨーが入っているかも。

でも、それはなかった。

 

赤くてしっかりしたのは350円/個だったと思うけど。

2~3個、買っておいたのだけれど、紐のスペアと一緒に。

 

いずれにせよ、どれも忘却していたもの。

目に留まればあの頃のことが蘇ってくるとはいえ。

 

取っておいたところで、第三者には「お荷物」でしかないだろうし。

何より当の本人が忘れていたものなんだから、もう、いいでしょう。

 

はがき類は資源ごみとして、ウナンボバッジは不燃ごみとして廃棄。

思い出は思い出として。

スマートフォン

スマホは現代人の免許証。

最近、そんな気持ちになったことが2回。

 

ひとつは、何かの申し込みをしようと思って相手先にコンタクトを取ったら、

QRコードを読み込んでもらって…」

 

「ああ、あの、僕、スマホを持ってないんです」

「そうですか、困りましたね」

 

QRコード以外の手段は?」

「ええと、そうなるとちょっと手間がかかるんですが…」

 

「そうですか」

「すみません、そういうシステムになっているもで…」

 

「いや、いいんですよ。それでは…」

是が非でも申し込む必要がある、といった類のものではなかったのでそれで済ませた。

 

もう一つは、アプリ会員。

アプリ会員になれと迫る店員がいるんだけれど。

 

会員になるととてもお得だと口説いてはくるものの。

「僕、スマホもってないから」

 

現代の生存権スマホとともにあるんだろうな、なんて思ってしまう。

ミニマリストを標榜する私としては、いろいろなガジェットを持ちたいくない。

 

でも、そうもいかなくなるのかな。

最新鋭の機器を身に纏い、未来に挑んでいく初老。

 

ステイホームなところへきて人付き合いもない。

外部とコンタクトを取ることが強く求められてはいない。

 

日中はラジオ、食事時にテレビでニュース。

朝食後と就寝前にネットをサーフ。

 

 

常に電子機器に晒された、デジタルな生活ってどんなもの?

自分も自分の日常も、加速に加速を重ねていくような気がしてしまう。

 

何かをするのに手間暇かけるアナログな時間は不要?。

異常な加速は、焦りや不安に通じやしないだろうか。

 

ぼんやりすることを「時間の無駄」と考える。

お得を求めていないと「損をしている」と考える。

 

便利になれば寄り道も遠回りも必要なくなる。

無駄や損失も減るだろう。

 

でも、寄り道や遠回りが教えてくれることもある、と思っていたい。

それに「知らないから幸せでいられる」ということもあるし。

 

 

暖かいなぁ!

この辺りは、今日、17度まで上がるって。

うれしい、心も体もウキウキ。

 

…庭に穴を掘って、そこに生ごみを入れている。

骨や貝殻など、朽ちない物を除いて。

 

鳥にとってはまだまだエサの少ない頃。

明け方、まずはスズメが来る。

 

次にヒヨドリが飛んで来て、スズメを追い払う。

ヒヨドリが食事していると、ツグミが飛んでくる。

 

ヒヨドリの頭をこついて自分が食事を始める。

すると、ムクドリがやってきて、ツグミを追い払おうとする。

 

わぁ、空中戦だ!

ムクドリは無事、エサにありつく。

 

鳥たちの戦いはまだ続く。

バサバサと烏が舞い降りると、小さい輩はもう逃げるしかない。

 

烏がくちばしでリンゴの皮や卵の殻をひっくり返していると…。

野良猫様の登場。

 

野菜や果物のクズに鼻をつけクンクン。

「肉や魚は無しか…」といった顔をして去っていく。

 

するとスズメがまた飛んで来て、と。

鳥たちも大変だな。

dejavu

白装束の女性議員。

テレビの画面に一杯。

 

#ME TOO の再来かと思ってしまった。

今回の目的は、森元首相の糾弾。

 

「辞めろ!」と言うのは簡単。

仮にそれで辞任したとして、その後はどうするつもりなんだろう?

 

誰かを推すつもりでいるのか?

候補者を立てて選挙でもするか、オリンピック開催日を間近にして。

 

シュプレヒコールを飛ばすのは簡単。

でも、事態を好転させるための代案を出さぬまま叫び続けられても…。

 

辞任を迫る勢いでものを申すのなら、それ相応の代案も出してほしいもの。

いつもそれを感じられないから、これまた「迫ってこない」。

 

もちろん、差別的・侮蔑的な発言は容認できるものではない。

そういう思いが心を過ぎっても、言葉や態度に表すものではないし、それが大人。

 

問題発言を糺すことには何ら異論はない。

ただ、糺すことが出口の見えない責めに転じることが怖い。

 

今回の問題の落としどころはどこだろう?

どうしたらいいのだろう?

 

 

荒唐無稽でも

SFといえば洗練された機械群。

サスペンスといえばサイコパス

ホラーといえば血が飛び散る。

 

そういう括りに収まらない映画が観たい。

けれど、なかなかない。

 

「透明人間」「電送人間」「ガス人間第1号」「美女と液体人間」「マタンゴ

どれも荒唐無稽。

 

1級の男優・女優を配し、真顔で演じさせる。

子供だましのお話を。

 

それでも…

登場する人物と映画の舞台が作り上げる雰囲気に飲み込まれて、ついつい観てしまう。

 

現実の世界で口にしたら嗤われてしまうことも、映画の中でなら問題はない。

自分もその場に遭遇しているかのような感情に駆られ引き込まれていく。

 

江戸川乱歩的な怪奇性が漂う世界。

(こんなこと書いていていいのかな?私の人間性が疑われたりはしないだろうか?

 

ただ「妖しい娯楽性」が好きなだけで。

僕は至って「正の走行性」タイプ…だと思う。)

 

「遊星からの物体X」は「うぇ~」なんて言いながら観てしまった。

地球のどこかに、宇宙から飛んできた生き物が眠っているかもしれない。

 

ザ・フライ」は「ひぇ~」なんて言いながら震えてしまった。

遺伝子に変な傷をつけるとハエになってしまうかもしれない。

 

荒唐無稽だけれど怖い。

怖がりの僕は、その荒唐無稽さに救われながらSFサスペンス・ホラーを好むのだろう。

迫ってこない!

菅首相の会見を見ていたけれど。

何というか、迫ってこない。

 

緊急事態を宣言しているんだよね?

「言えっていうから、言ってるんだよ」感が否めない。

 

ハリウッド映画に出てくる大統領のような感じは求めないけれど。

それでもだよ、緊急事態を宣言しているようには見えない。

 

淡々と語る口調は、官房長官時代の菅さんと何ら変わらない。

「一致団結してやろうぜ」的な雰囲気は、ない。

 

この種の問題は補償(お金)とセットになることが多いから。

できる限り穏便に済ませたい、という気持ちが出てしまうのかな。

 

国の指導的立場にある人たち(国会議員など)が、自発的に給与を返納するとか。

事の重大さを行動で示さなきゃ。国民は見ている。(期待するだけ無駄か)

 

10の補償も大切。

でも、ひとつの真摯な態度がすべてを変えることだってある。

 

興奮して、声を荒らげて、喚き散らして発言する必要はない。

ただ「本当にそう思って言っているんだよ」という感情が欲しいだけ。

 

そのような感情は、テレビ画面を通してだって伝わってくるはず。

ピリッとさせてくれるはず。

進んで明かりをつけましょう

「暗いと不平を言うよりも、進んで明かりをつけましょう」

この言葉、今でもラジオで流れているのかな?

 

確かに、何でも進んでやればいいというものではない。

良かれと思ってしたことが、他人には大迷惑だったり。

 

「あいつにやらせておけばいいよ」と、何かと押し付けられたり。

「どうして周りは理解してくれないの?」などと悩んでみたり。

 

まぁ、何をどこまで進んでやるかは、人生経験が教えてくれるとして。

心で思っても、実際、行動に移せないこともあるし。

 

大切なのは、前向きに考え、前向きに行動しようとする「姿勢」かな?

どうしたら良くなるかな、うまくいくかな、と自問すること。

 

自問の結果、降参・撤退することもあるだろうけど。

ポジティブな思考の結果として、それはそれで許容して。

 

そんな frame of mind で、今年一年過ごしたい。

新たな一年。

 

…雪と言えば、明後日まで油断できないらしい。

要警戒。

 

雪掻き3回目の今日、腰が痛いよ。

ストレッチでもして横になろうっと。

 

「また今日もかぁ」と不平を言うよりも、

進んで雪を掻きましょう。

またまた寒気

前回の寒気が去り、積もった雪もやっと溶けたと思ったら。

今度の寒気は、前回を大幅に上回るらしい。

 

やめてぇ!

思わず叫んでしまう。

 

雪掻き、並みじゃないんだもの。

うう、腕と腰にくるぜ。

 

でも、相手は自然現象。

寄るな来るなと言って「はい、そうですか」とはならない。

 

移住を考えたこともあったけど。

それって、気力・体力・資本力・社交力が必要だし。

 

今となっては「知らぬ鬼より、知った鬼」。

現在の環境と折り合いをつけながら生きていくことが賢そう。

 

ここは腹をくくって、忍ぶしかない。

降雪が大事にならないことを祈りつつ。

 

ところで、「みうらじゅんのファンブック 第3回」聴きました?

僕はカセットテープに録りました。

 

(テープに録るなんて、なんて昭和⦅驚⦆)。

でも、そんな動作が僕にはしっくりとくる。)

 

さて、寝床に就いて、明かりを落として、目を閉じて。

ラジオの音を脳内で映像化しながら眠りましょう。

 

みなさん、brand-new な一年をお迎えください。

さらに一年、何かを一緒に積み上げましょうね。

真冬並みの寒気

それはそれは寒い。

骨身に凍みる。

 

「雨は夜更け過ぎに雪へと変わるだろう」

「外は今日も雨、やがて雪になって…」

 

雪にロマンティックを感じるのは、30代まで。

いやぁ、還暦間近のオヂさんには堪える。

 

ロッジでクリスマスを待ってみたり、恋人がサンタクロースだったり。

あれは何だったんだろう?

 

夏に出合って、クリスマスに誓い合って。

バレンタインデーとホワイトデーで心を通い合わせ。

 

夏が来たら別れて、新たな出会いを探して。

恋はいつでも大騒ぎ。

 

今はこうして、パソコンの前であの頃のことを思い出してる。

あな、恥ずかしや。

 

時は流れて、「ああ、寒いな」「凍みる寒さだな」なんて情けない。

猫の寝姿を見て癒されている自分に驚く。

 

冬が来るたびに、齢を重ねていることを実感する。

でも、それでいいのだと思っていいる。

 

初老が20代の恋をしたとしたら?

あな、恐ろしや。