ぶーさん

小学生の頃、僕は水泳教室に通わされていた。

プールに辿り着くまでが、もう、一苦労。

自宅からバスに乗って、スイミングクラブの事務所まで30分。

そこから、クラブ所有のバスに乗って40分。

なんだかんだで、家を出てからプールに入るまで2時間はかかってた。

小学生の僕には、遥かな旅に出るような気分。

 

教室は毎週土曜日。

土曜日といえば、テレビ番組も楽しくて。

それを観なければ、月曜日の友達との会話も楽しくなくて。

練習を終えて家に帰れば、夜の8時を回っていたし。

まったく、ほんと、やめたくて仕方なかった。

 

面白くないなぁ、と思っている僕。

そんな僕のそばに来て、話しかけてくる男の子がいた。

同い年の...名前は思い出せないが、あだ名はぶーさん。

ぷっくり、ぽっちゃりした、下町のお金持ち。

いつもニコニコしているんだけど、ちょっと意地悪すると顔をくしゃくしゃにして泣きだす。

(泣かれるたびに、悪いことしちゃったなと良心の呵責に苛まれた。)

 

ひと泳ぎして事務所に戻ってくれば、日も暮れていて。

一時間に一本の帰りのバスを逃すと、もう悲劇。

途方に暮れるしかない。

でもそんなときには、なぜかぶーさんがそばに寄ってきて一言。

「なんか食いに行こう。おごってやるよ」

 

とても小学生の発言とは思えないが、たぶん、彼のとーちゃんがそんな感じの人だったんだろうな、今、思えば。

彼がごちそうしてくれたものといえば、一個50円の肉まんだったり、一杯90円の駅そばだったり、一枚450円の生姜焼き定食だったり。

彼の家も僕の家も共働きで、家に帰っても何となく一人。

そんな共通の境遇が、互いを引き寄せたのかな。

 

ぶーさん、元気にしてるかい?

あの人当たりの良さが活きてれば、どこかで社長とかやっていてもいいような気がする。

あれから50年近く経って、どこかですれ違っても、お互い気づくことはないと思う。

でも、まぁ、それでも、もう一度どこかで出会うようなことがあれば、いろいろと作ってあげてもいいな。

昔、2人が食べたものの話をしながら、食事なんていいかもしれない。

 

...追記。

前回の記事「豚肉の生姜焼き」で、肝心なことが書かれていなかったぁ。

調理のプロセスの中に「生姜」がない。

お酒を入れるタイミングで生姜汁(お好みで生姜の繊維も)を注ぐ、と。