西宮市上ヶ原七番町のバス通りに「文福」という定食屋があった。
下宿生御用達の食堂。
店は汚いが「安くてうまい」ということで、結構、人が入っていた。
...店は褒められたものではなかった。
カウンター越しに見える薄暗い厨房。
老夫婦が、機敏とは言えない所作で、注文をこなしている。
目を凝らしていると、ササササと動く影が、一つ二つ。
店内を照らす電燈の笠の上には、巨大な埃の塊。
これはまずいよね。
30年も前の話だから笑い話で済むけど。
今、現在、そんなことやっていたら、客は寄り付かないだろう。
特に、若い子たちなんかは。
でもね、でも、なんだけど、ここの「生姜焼き定食」がうまかった。
筋が入った豚肉で、甘辛くて。
あれ、安い豚肉を1~2日マリネして、焼いていたんだろうな。
縁に油が固まり、こびりついたフライパンで。
あな、おそろしや。
...そんなことを考えながら、僕は、豚の肩ロースを焼いている。
酒、みりん、塩、しょうゆ、生姜の絞り汁、ごま油でマリネした肩ロースを。
焼けたら、一旦、皿に取り。
余分な油を捨てて、酒、みりん、しょうゆを注ぎ、焦がしに入る。
いい感じになってきたら、水大さじ2と、豚肉を肉汁とともに戻し入れ、絡めて。
ああ、いい香り。
今日はどんぶり飯でいこうか。
「文福」を思い出しながら。