話は前後するけれど...。
ゴジラを観る前に、軽く食事。
日高屋のラーメンが好きで好きで(と、いつも書いているけれど)。
煮干しの香りに、たまらなく心が揺すぶられる。
ラーメン屋をあとにして、散髪へ。
数か月ぶりだなぁ、髪を切るの。
...店に入り、1,080円でチケットを買って。
椅子に座って。
「今日はどのくらい切りますか?」
キタ!この質問。
答えないことには始まらないのだけれど。
正直、このやり取り、苦手。
写真を持ち歩いて、それを見せれば済むことなのだけれど。
坊主、五厘、角刈り...。
こんな一言で済ませてしまうのがラクなんだけど、ちょいと、短すぎだよね。
僕は、小学、中学のころ、「スポーツ刈り!」と叫んで、髪を切ってもらっていた。
高校に入って、色気づいてからは、美容院に行くようになり。
髪の毛も、今と比べれば、たくさんあったから、いろんな髪型を楽しんでみた。
中年になってから、再び、床屋に通うようになったけど。
「横と後ろは刈り上げて、上と前は2㎝ほど残してください」というフレーズを、約束事のように使っていた。
でも、これが、なかなかうまく伝わらない。
切る人によって、いろんな解釈をしてくれて。
...今年の4月、ふと、「スポーツ刈り」ということばを思い出した。
スポーツ刈りなんて、もはや、古語、死語なんじゃないの?
青年には伝わらないんじゃないかな。
床屋の椅子に座って「スポーツ刈り」なんて言っても、「それ、何ですか?」なんて切り返されたらどうしよう。
要らぬ説明をしなければならなくなるかも。
「今日さぁ、変なおっさんが、『スポーツ刈り』とか言ってさ(大笑)」なんて、展開になるのも心外だ。
...と僕の心はかなり饒舌になった。
でも、言ってみよう!
床屋の椅子に座って。
「スポーツ刈り...って、わかりますか?」
(遠慮がちな僕。)
「はい」
...えらく簡単だな。
仕上がりも、思っていた通り。
...で、今年8月。
前回は、『スポーツ刈り』で通じたけど、今回は、わからないぞ。
髪を切る人が変わったら、「何それ?」と言われるかもしれないぞ。
店に入り、椅子に座って、「スポーツ刈りで」と注文。
「はい」
不思議なのは、「スポーツ刈り」なんていう、抽象的で取り留めのないことばが、髪を切る人と切られる人との間で、ほぼ同じ像を結ぶということ。
「スポーツ刈り」って、広辞苑に載せてもいいほど普及しているものなのだろうか?
(確かめてはいないけど、実は、掲載されていたりして...。)